3月24日 ディズニーアニメを観ると不機嫌になる私(アナと雪の女王を観る)。

幼稚園へニレを送ってから大学へ。

雑務、国家試験の解答速報作成を行ってから食堂で昼食。

その後、コラムの9回目の続きを書く。前期の授業開始までにどこまで書けるだろうか。

夕暮れ前にニレを迎えに行き、HAT神戸に映画を観にいく。アナと雪の女王。

私はとっても繊細な人間なので、ディズニー映画を観ると心がささくれ立ち、不機嫌になってしまう。ディズニーランドは同じ理由から立ち入ることができないし、IKEAも苦手だ。ポートアイランドのIKEAに一度だけ行った時には発狂しかけた。

映画を観た後で不機嫌になったのは、単なるポップコーンの食べ過ぎのせいではあるまい。

アナはキュートなヒロインだった。
製作者がキャラクターの作り込みにおいて、細かい仕草のリアリティを追求した結果、人間関係の構築にかなり大きなエネルギーを割く若者が出来上がったという「アウトプット」に興味を抱く。洋の東西を問わず、それが現代の若者に求められている振る舞いということなのだろう。

現代のディズニーアニメでは、ヒロインを二人立てないと(アナと、姉であり雪の女王であるエルサ)物語をスムーズに進行させることができないという点も面白く感じた。

生まれながらにして、自らはコントロールできない魔術を持ち、それによって人を遠ざけざるを得ないエルサは、「あなたを傷つけたくないから、私に近づかないで」という言葉を繰り返している。また、彼女は自らが王位を継承しなければならないという運命にも悩ませられている(内向的な姉)。

一方、妹のアナは外交的な性格だが、小さい頃は仲の良かった姉から遠ざけられ続けていることから、他人の愛に飢える人間になってしまった。彼女の社交性は、人に愛情を求める心の裏返しである。

内向性と外向性がクロスするヒロインたちは、「二人」の設定になっているからある程度ストーリーについていくことができるけれど、物語の構造としてはこれは、「二人で一人」の人間のことであり、実際の社会においても、このような二つのクロスする性格傾向が一人の人間において表出することから、様々な問題がおこるのではないか。

物語の流れも、ヒーローとのラブロマンスはメインストリームにはなっておらず、別人格として性質を分け合っている二人のヒロインが融和することで、一つの落ち着きどころを得ると言う、乙女の成長物語的性格が強い。

二人のぶつかり合いがもう少ししっかりと描かれていれば、観る方もすっきりするのだが、二人は中途半端に仲が良くて、この辺りに物語としての弱さ、物足りなさをどうしても感じ、ついついポップコーンに手が伸びることになるのである。

帰りに芦屋駅で、東京出張から戻ったイーダをピックアップして、自宅で夕食(簡単ポトフ、ポテトサラダ、新子ポン酢、ごはん)。

月曜日なので、酒は控えた(キッパリ)。