3月11日

調べたいことがあり、早朝からウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読む。

幼稚園にニレを送ってから、大学へ。

2013年度は1年生の担任をしていたので、来年度の履修について、6名と個別面談を行う。

その後、卒業判定教授会。

神戸松蔭の教授会は、毎回聖書の朗読と礼拝から始まる。東日本大震災から3年が経過したこの日は、聖公会がこの日の為に用意した祈りを藤井チャプレンの導きのもとで捧げた。

卒業延期者リストの中に、仰天せざるをえない名前を見いだす(ぎょえー)。

所属している専攻の会議の後、学生課・教務課による新年度説明会。

 

「ぎょえー」関係のメールなどを打った後、6時ぎりぎりに幼稚園にニレを迎えに行く。

六甲のいかりスーパーで、夕食の買い物をしてから二人で食事。イーダは今日も送別会祭りである。

月曜日に酒を抜いたので、ニレと二人で酒盛りをする(もちろん、五歳児は牛乳)。

風呂に入って、子供の長い髪を乾かす。ブラシで髪をときながら、辛抱強くドライヤーで乾かしていく。

私は自分の髪をドライヤーで乾かすという習慣を持っていないので、なかなか辛い時間である。「熱い」とか「痛い」などと文句を言われながら、子供の髪にブラシをかけ、ドライヤーをあてる。

二人で氷水を飲んでから布団に入る。

今日の本は、「おばけのコックさん」(西平あかね)。

 

朝自分の仕事をして、子供を幼稚園に送って、外の仕事して、合気道と能の稽古して、子供を迎えに行って、ご飯を食べさせて、風呂に入れて寝る。

そればかりを繰り返していることを確認してみたくて日記を書き始めたが、見事にその通りだった。

幼稚園への通園も残り1年。子供も我々も、とことんやり抜かねばならない。

 

夕食後、盛岡の母に電話をした。

「あの日は、玄関の電気錠が停電で完全に動かなくなってしまい 、裏口のガラス戸を石で割って中に入った」

と言っていた。

M先生は、私が医師になって一年目のときに赴任した県立病院での上司だった。医師として必要な手技や救急外来での行動など、医師としての基本をたたき込んでくれた方である。

M先生は、県立病院を退職されたあと、生まれ故郷の陸前高田で内科の開業医をされていた。あの日、一度避難したあとで、様子をみるために避難所からクリニックにもどり、津波の第2波に飲み込まれてしまった。

私は2012年の夏に、陸前高田を訪れた。更地になってしまっていて、M先生のクリニックの正確な場所はどうしてもわからなかった。