2月14日

イイダと二人でニレを幼稚園に送った後、能の稽古。新年練習会前の最後の稽古になった。

二人で『蝉丸』の謡(シテの逆髪がイイダ。ツレの蝉丸を私)を稽古していただく。本日は加えて、『山姥』と『西王母』の地謡の稽古。

終了後は大学へ行き(御影の稽古場から車で10分ほどなのでありがたい)、4年生の学生二人に成績を配付。

朝から降り始めていた雪が、だんだん激しくなってきた。

午後は国家試験対策の授業を2コマ。30名ほどが受講。受講して欲しい学生の顔が見当たらず、心配になる。

結構ハードな内容だったが、最後までみんな頑張ってついてきてくれた。この時期になると、国家試験に向けて頭も身体も随分練り上げられてきていると感じる。

授業が終わると、雪は上がっていた。

ニレを幼稚園に迎えに行って、帰宅。今週はワンドロップの練習などがあり、寝る時間が遅くなったためか、帰りの車内でニレは寝てしまった。

幼稚園児と両親二人の生活は何かと慌ただしく、もう少し子供にゆったりとした生活をさせてやりたいのだが、なかなか難しい。

春からはイイダの仕事場が名古屋に代わり、我が家の生活スタイルも新たなフェイズを迎える。自分自身共働きの家庭に育った経験から、子供には安心した気持ちで過ごしてもらいたいという気持ちが強い。

子供はいずれ巣立っていくものだから、この先ずっとと言うわけではないだろうが、まだしばらくは手がかかりそうである。手がかかりそうというよりも、一緒にいる必要がある。

と、言うように核家族というのは、構成メンバーが少ない分、親子の関係について意識する機会が非常に多くなる。

自然、構成メンバー同士の関係が近くなりすぎたり、強固なパワーバランスが設定されてしまったりということは、起こりやすくなるだろう。

社会活動において、家族以外の人と沢山会っていたら親子の関係が適切に保たれるかというと、おそらくそれでは不十分であり、家庭生活の「風通し」を良くしておくということを大切にしなければならないと思っている。

言うのは簡単だが、なかなか難しいところもある。まあ、背伸びせず、つかず離れず、生活を楽しんでいくと言うことなのだろうか。

我々夫婦は、自分たちの加齢、それぞれの親の加齢と、いよいよこれから向き合うことになる。できることをしていくしかない。

世の中には,シングルマザー、シングルファーザーとして子育てをしている人は沢山いる。本当に大変だと思う。さらに、自分自身の病気や、介護が必要な親を持ちながら子育てをしている人もいる。本人の健康はある程度保たれていても、パートナーが病を持っている場合もある。

きれい事は言えない。

「あの人は自分よりも大変な状況で頑張っている。だから私ごときが文句を言ってはいけない」

というのは、あまりよくないと思っている。このような考え方は、結局自分よりも弱い人間に、しわ寄せが行く可能性がある。我慢が自分のキャパシティーを超えてしまったときに、子供に対して何か問題行動を起こしてしまったり、親子関係が共依存的になってしまう可能性がある。

「あの人は自分よりも大変な状況で頑張っている」ということを知るのは必要なことだ。その上で、自分の文句も含めて、その人それぞれの生活のリアリティを受け入れていく必要があるのではないか。

うーん、まだうまく説明できない。
ひとりひとりの文句や生活のリアリティというのは「糸」みたいなもので、この糸が、個人や家庭や共同体や社会のなかで、沢山の時間と空間の中に編み込まれていくと、縫い物はどんどん落ち着き場所を得るというか、状況になじむというか、縫い物がしっかりしてくるような気がする。

 

家に着くと、丁度イイダも大学から帰ってきたので、二人で夕食の準備をする。牡蠣フライを作って食べた。

話をしながら、『水曜どうでしょう』の「ヨーロッパリベンジ」も少し観る。

食事の途中でニレも起き出して、卵かけご飯を食べた。

羽生選手にはもちろん頑張っていただきたいが、残念ながら私には夜中にテレビを観て「夢をありがとう」と言っているような暇はない。

でも、応援はしているんだ。